宇宙旅行を終えた父へ

カテゴリー:いま・ここ・私

公開日:2018.08.17

大変恐縮ながら、こちらにてご報告をさせていただきます。

父 山本雅造。
雅号、夢拓は、字の如く、いつも、夢を切り拓いていく人でした。

多才で面白くて、前向きで、豪快で、山を登ると言えば日本では飽き足りず世界の山をあちこち登り(子供もいるのに)マッキンリー山に登りに行ったり…

本当にエネルギッシュで、お洒落で、自慢の父でした。

齢69の時、白血病が発覚しました。
娘に心配掛けまいと、医師には「(娘に)言った」と嘘を付き、娘から全く連絡が無いのはどうもおかしいと、その当時の京都の病院から連絡を受け、初めてその病気の事を知りました。

2016年4月の事でした。

私はその当時、東京海上日動に勤めていて勤務中でした。
勤務後、大泣きして電話したのを覚えています。

すると父は、あっけらかーんと
「智子、お父さん、オモロイやろ!!
ほんま、神さんって、オモロイ事ばっかりしはると思てんねん。泣くな、泣くな!!
大丈夫や!!第一、お父さんはこれまで、好きな事し尽くして生きてきたから、どう転んでも何の悔いもないのよ。人生、何事も面白、可笑しく!! ガハハ!!」

そんな事を言い、私を逆に笑わせました人。

「何でも笑い飛ばせ!!」と言うのです。

父は白血病治療による移植の事を「宇宙旅行」と呼んでいました。

そんな父は、齢71という年齢をものともせず、果敢に宇宙旅行に挑み、宇宙旅行を存分に楽しみました。

そして、本日午前9時15分、宇宙旅行の末、天国へと旅立って逝きました。

最後の最後まで
諦めることをしない人…
頑張り抜いた父でした

大好きな大好きな父でした

お父さんが最後に私に誕生日プレゼントとして残してくれたのは一般財団法人RINDA foundationでした。

これは私と父が出資して共同でつくったものです。

二人の中にある色んな思いを、これからここを発信源として、世のため人のために、使っていきたいと思います。

お父さん
本当に本当に、どうもありがとう

私はお父さんの娘で幸せでした。

またお父さんとお母さんの娘として産まれたいです!!

お父さん、大好きよ
そしてありがとう

No matter where you go, I will forever put you in my heart…

智子

投稿者プロフィール

有川 凛
有川 凛
財団法人RINDA foundation JAPAN創設者/代表理事
株式会社らしゅえっと代表取締役
NPO「恩渡しネットワーク」代表

2014年1月より、「生きやすさ」と「循環(持続可能性)」の2つのキーワードを活動ポリシーに、除菌水シリーズ「まましゅっしゅ」の商品企画、制作、販売。2年連続で「キッズデザイン賞」を受賞し注目を集める。

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