働いたことがない女性の働き方を考えてみた

一度も働いたことない40〜50代大卒娘を抱えた高齢親が増加中」という記事を読んだ。

記事によると、短大、大学を卒業後、自分の活路を見いだせず、就職しないまま、ズルズルと親元にい続けた結果、「結婚もできず、就職した経験もない」という40、50になってしまっている女性が○○万人単位で出てきているという。

これは女性の活躍推進の裏側にある「見えづらい女性の社会問題」ではないだろうか。1985年に施行された男女雇用機会均等法により、女性の社会進出が活発化したことで女性が仕事をするのが当たり前になった。

その結果、結婚相手として女性を選ぶ男性側の「結婚の条件」にも『仕事(会社)の内容』が問われるようになったというのも、理由の一部になっている気がした。

このような【家事手伝い業】で40、50歳を迎えた女性が、今後ぶち当たる壁は親亡き後の老後問題と孤独死なのだと思う。

読んでいると苦しくなるね。
『彼女たちはどの様な子ども時代を過ごしたのか?』
『自分のやりたい事や夢を描けないまま大人になったのか?』

「そうなった人が悪い」と言ってしまえば、そうだとも思う。でも待てよとも思う。事情は違えど貧困国でも同じことが言える。要は「仕事」をする機会を持たせることが重要になるのではないか。

まずは単純作業であってもいいのだ。そこから「一つずつ、一つずつ」経験を積む機会を渡し、受け取る。社会との接点の持ち方って、そういうボランティア活動からで最初は良いんだと思う。

 

仕事って一体なんだろう?

ふと、私が細ボソとやっている『恩渡しネットワーク』の意義を考えた。

日本では、次のような社会構造の変化が起きている。
【共働き家庭の増加により、特に都心部に住む親の中には地域在住のシッターに子育てを手伝ってほしいと考える人が増えている】

民間のシッターは料金が高い。家事と育児を頼もうと思うと二人雇う必要があり、別々の料金になるから普通の家庭ではとても無理だ。そんなとき、普段から子育てや家事をしている普通の主婦の経験が多いに役に立つ。

我が家では『恩渡しネットワーク』を通じて、ご近所の主婦たちにシッターをお願いしているが、彼女たちが面談に来た時に口を揃えて言うのは、
「私は仕事した経験がないんです。だから勤まるかどうか。結婚してからずっと専業主婦で家事と子育てしかしたことがないし」
ということ。

それを聞くと、「仕事って一体なんだ?」と考えさせられると同時に、この自己肯定感の低さや自信の無さは一体何から生み出されるのか?と考えさせられる。

だから彼女たちには先ず、
『家事をやった事がありますよね?洗濯物は畳めますか?掃除機はかけられますか?
子どもたちに絵本を読めますか?子どもたちがお風呂から上がったら体を拭いてあげられますか?』
と聞く。

『私が頼みたい仕事はそれです』と。

すると『そういう仕事なら大丈夫です。子供が大好きですから』と彼女たちの表情に自信が生まれる。シッターを実際にお願いしてみると、子どもの世話も家事も完璧で何の問題もない。

例えばこういうところで、40、50代の働いたたことがない家事手伝いの女性を活用できないだろうか?子育て経験がなくても子ども好きで家事が得意な人もいる。今度、彼女たちを面接に加えても良いかもしれない。最初は「謝礼」しかお支払いできないけれど。

どのタイミングでどこまで深く社会の問題に首を突っ込むかも考える必要があるが、企業に勤めるだけが仕事ではないし、子育ては教員や保育士だけの仕事ではない。

社会構造の変化に乗り遅れて置き去りになった人にセカンドチャンスを渡し、仕事の機会をボランティア活動から始めることだって、誇れる仕事だと思うのだ。

そうすることで、もう少し世の中の循環が産まれるんじゃないかな。
これだって立派な『富の循環』だよね。

投稿者Profile

有川 凛
有川 凛RINDA foundation Founder & 代表
持続可能な『生きやすさのEqual』があるフラットな世界を目指して、2017年8月、インド国内で非居住者の日本人女性が代表となるCSO組織 財団法人RINDA foundationを設立。
代表取締役を務める(株)らしゅえっと では、インド国内でおしぼりを製造するHYGIYA社と協力。インドの衛生環境の改善と貧困層の雇用推進を目指し、インドで除菌水「まましゅっしゅ」の製造販売を展開するなど、その活動範囲は世界に広がっている。