親が認知症になったら知っておいてほしいこと

50代に突入すると、親の病気・介護・死が身近になってくる。ウチもご多分に洩れず、昨年だけでも義母の看取り、義父の介護、母の癌手術と認知症介護が一気に訪れた。

どちらの親も後期高齢者だから覚悟はしていたけど、来るときはなんでも一遍にやって来るものらしい。夫も私も大変な一年ではあったけど、事前に情報収集していたこともあって、なんとか乗り切れた。

でもそれは、親が徐々にそういう状況になっていったから対処できただけで、突然だったら途方に暮れていたかもしれない。

親が元気そうにしているうちは、経験者や専門家にアドバイスされたとしても「まだ大丈夫だろう」と思ってしまうもの。たいていの人は、困ったことに直面しないと重い腰を上げられないものなのだ。

 

認知症の母の場合

母の話をしようと思う。

あれは3年前の夏。

「向かいの家の人がママのことを見張っている」
「○○さんがママの悪口を言いふらしている」
「○○さんに家の中のものを盗られた」

地方で一人暮らしをしている母親の口から、度々こんな言葉が出るようになった。

いま思えば典型的な認知症状だけど、「なんか変だな」「鬱っぽい?」と思いながらも、忙しさにかまけて「気のせいじゃない?」と聞き流してしまっていた。まさか認知症とは思いもよらなかった。

どこかで「うちの母親は認知症にならない」と思っていたから。なぜなら、母は毎朝のウォーキングは欠かさないし、人前で歌うことも大好き。よく喋りよく笑う明るい人だから、認知症からは一番遠い人だと信じていた。

ほどなく、それが単なる思い込みであったことを知る。

「脳神経外科の先生から、娘さんに病院に来るように伝えてって言われたの」
「なんで?どうしたの?」
「ママ、なんかおかしいみたいなの・・・とにかく来てくれるかしら?」

聞けば、車の置き場所が分からなくなって大騒ぎしたとのこと。結局いつもの駐車場にあったんだけど。そんなこんなで周囲の人たちから病院に行くように促されて診察を受けたらしい。

とっても嫌な予感がした。

重苦しい気持ちで病院に行くと、「お母さんは初期のアルツハイマー型認知症ですね」という診断。覚悟はしていたものの、その瞬間は「うわー!きたーーーー!!!どーしよー」と自分のことしか考えていない自分がいた。いきなり母の存在を重荷に感じてしまった。

当の本人は認知症の自覚なんて全くなく、病院で貰った薬が切れたら「お薬で頭がスッキリした。もう良くなったから病院には行かない」と言い出した。

確かに目の前の母はちょっと忘れっぽくて、何度も同じ言葉を繰り返すけれど、いつもの母とそう変わらないように見える。で、どうしたかというと「ちゃんと病院行きなよー」と言いつつ、何もしなかった。

もちろん、介護申請なんてしなかった。まだ大丈夫と思いたかったし、母親が認知症だと認めたくなかった。介護を放棄したのだ。何もしなくても認知症は進んでいないように見えたが、ほっといて良くなるわけもない。

 

困ったときの「地域包括支援センター」

母は目の届かないところで少しずつ変調をきたしていた。朝昼晩と揚げ物と甘味ばかり食べて牛乳を1日1リットル飲むなど、食生活がメチャメチャになっていた。

2年が過ぎた頃、「ママ、痔になっちゃったみたい。お薬を買ってきてくれる?」と頼まれた。しかし薬を塗っても、一向に良くなる気配がないどころか悪くなる一方に見える。さすがにこれはおかしいと症状をネットで調べたら、どう考えても大腸ガンとしか思えない。

すぐに病院に連れて行き、検査を受けることになったものの、検査当日に病院から「時間になっても現れず、何度電話しても繋がらない」との連絡。メチャメチャ心配だけど、すぐに様子を見に行ける距離でもなく。どうしよう?と考えあぐねて、ふと知人から「お母様の事で困ったときは、役所の地域包括支援センターを頼ると良いよ」と言われたことを思い出した。

藁をもすがる思いで電話をしてみたら、「それは心配ですね。大丈夫ですよ。私が今からすぐにお母様の様子を見に行きますから、安心してくださいね」と優しく言ってくれた。もう有難くて有難くて涙が出そうだった。幸い大事には至らず、無事に入院・手術をして退院。

これをキッカケに母の認知症ともしっかりと向き合い、地域包括支援センターに相談しながら介護申請を進め、認知症専門の脳神経外科を改めて受診。少しでも長く自立して暮らせるように、週3回デイケアで認知症のリハビリをしている。母も楽しんで通っている様子なので、ひとまず良しとしよう。

 

親の介護=自分の老後に向き合うこと

2年もほっておいた私が言うのもなんだけど、自分一人でなんとかしようと思うから億劫になるのだ。日本の行政は声を上げなければ気づいてもくれないけど、こちらから動けば驚くほど親身に相談にのってくれる。介護認定が下りてからは、ケアマネージャーと呼ばれる人が、母にとって最善の介護を一緒に考えてくれている。彼らには感謝の思いしかない。

ウチは同居している義父も実家の母も要介護だけど、月に一度、リハビリ会議に参加して、日常の買い物を代行(オンラインで)するくらいで、介護と言えるほどのことは何もしていない。

周囲から「大変ね」と言われるけれど、今のところ「大変」とは思っていない。とはいえ、いつかは二人とも自立が難しくなる日が来るだろう。そのとき自分がどう思うかは分からないけど、なんとかなるんじゃないかな。自分だけでなんとかしようとせず、行政や第三者に頼れるところは頼る。それで良いと思っている。

一つだけ忘れちゃいけないのは、彼らが行く道は、いつか自分も辿る道だ。親の介護に向き合うことは、自分自身の老後に向き合うことでもある。決して他人事ではないのだ。

私が親の年齢になる頃は、今のように行政も手厚くはないだろうし、子どもの有無に関わらず、自分のことは自分でなんとかしなくちゃいけない世の中になるだろう。その時に、誰か一人に負担がかかるようなことはあってはならない。

来るべき時のために、今から行政に頼らずに助け合える仕組みを作っていく必要があると思う。できることから、少しずつ、少しずつ。誰のためでもない、自分自身が笑って過ごせる老後のためにね。

 

投稿者Profile

武井 由美子
武井 由美子RINDA foundation Japan 理事/広報
社会貢献性の高い事業に携わる小さな会社や個人事業主をサポートするPRコンサルタント。PRを通じて社会に役立つ情報を届けることで、様々な社会の差をイコールにすることを目指している。